言語のレイヤー

竹下登

竹下登「政治とは何か」

三島由紀夫の市ヶ谷での割腹自殺の新聞記事

当時現役だった竹下登は側近に

「まったく、小説家ふぜいが自慰行為で世間を騒がせないでほしいね」と言ったらしい。

福田赳夫風にアレンジするなら「三島の命は治安より軽い」という感じかな。

国家や政治家とはそういうものだと思う。でなければ戦争なんか起きないだろう。

ところが昔、僕が新宿ゴールデン街で飲んだくれていた頃の夜中に、カウンターの隣に座っていた客が

「俺も小説を書いてたんだけどさ。三島が死んじまったからさ...」と言っていて

「この人は脳梗塞後遺症の利き腕麻痺で字が書けないのだろうか。署名捺印は代筆が必要かな。」と哀れに思った記憶がある。

尾崎行雄

Wikipedia引用

日本の議会政治の黎明期から第二次世界大戦後に至るまで衆議院議員を務め、当選回数・議員勤続年数・最高齢議員記録と複数の日本記録を有し、
「憲政の神様」「議会政治の父」と呼ばれる。政友会時代を除き、政権与党に属したことはなかった。

立憲民主党の右寄りの有志が「田中角栄勉強会」という団体を作ったらしい。

狂乱物価の権化の角栄を「反面教師」として研究するのかと思ってたら、テーマは「日本列島改造論」なのだとか。

自由民主党もそうだけど、日本の政党は「自分たちの政党名の意味」を辞書で引いたりしないのかね。

まさに「ルッキズムネーミングライツ」だよな。

佐野元春「コンプリケイション・シェイクダウン

♪システムの中のディスコティック

出雲糸繰り人形

▶ 昨日の日記で、ドゥルーズガタリがジェイムス・ジョイスか誰か他の詩人を文献・題材にして「言語のシニフィアンシニフィエ」を「人形・糸・操作板は、別々の抽象的な動きをするが、同じ現象を表現している」と書いていたことを少しだけ紹介した。

では当世流行のこれはどうだろう。

テレビゲームに没頭して遊ぶ若者

ユヴァル・ノア・ハラリが「AIによって、神がアルゴリズムという偽物の神にすり替えられてしまうぞ。クワバラクワバラ。」と言ったり、

唐十郎

唐組「電子城」

任天堂の「ドラゴンクエスト」が大流行していた時に

「これはヤバイ!」と慌ててこの芝居でカウンターを入れようとしたのは、ドラクエのご威光に追随しようとしたからではない。

「物語・演劇・ライブ」が「矮小化されて殺されかねない」と懸念したからである。

でもまあ偽物は偽物。仮想は仮想。

希少価値がついて差がつくだけだけどね。

映画「アップルシード