バスケットボールのゴール
ゴダールの「決別」の解説本
ブログで前述した「三位一体論」の剽窃と編集、アレンジで「位相」と書いた部分は「形相」と書くか迷ったのだが、その後もスッキリしないので補足する。
「おひとりさまのアイドル(偶像)、旗手」だった彼女が実は結婚していた事実を週刊誌がすっぱ抜いたが、さほど騒ぎにならなかったのには理由がある。彼女が恋愛の対象ではなかったからだ。
漫画「ベルサイユのばら」のフェルゼン伯爵
(Wikipedia引用▼)
アイドルは、英語の「idol」(偶像。崇拝される人や物)から転じて、現在では「恋愛感情を持つ熱狂的なファンが売上のメイン層を占めている歌手、俳優、タレント」などをいう。「アイドル」である場合は熱狂的ファンからは、女性アイドルには処女性、男性アイドルには「性的接触者が居ない」という理想像を概ね持たれている。そのため、本人の意図を問わず「アイドル」である場合は、熱愛など異性との性的接触系のスキャンダル発覚又は既婚や結婚との報道後に売上が激減、オワコン化してしまうことがある。
映画「Wの悲劇」
あの千秋楽のマンションの庭で、心情的にはアキオのプロポーズを受けたいが「だめになっちゃう。もっとだめになっちゃう。だから二人じゃなくて一人で、やりなおすの」と女優として生きる決意をした三田静香。
ここにプラトンとアリストテレスが展開した形相(エイドス)を観る。
(Wikipedia引用と編集▼)
形相
「質料」(ヒュレー)と「形相」(エイドス)を対置して、内容、素材とそれを用いてつくられたかたちという対の概念として初めて用いた人は、古代ギリシアの哲学者アリストテレスである。彼の『形而上学』の中にこういう概念枠組みが登場する。また『自然学』でもこうした枠組みで説明が行われる。
プラトンが観念実在論を採り、あるものをそのものたらしめ、そのものとしての性質を付与するイデアを、そのものから独立して存在する実体として考えたのに対し、アリストテレスは、あるものにそのものの持つ性質を与える形相(エイドス)は、そのもののマテリアルな素材である質料(ヒュレー)と分離不可能で内在的なものであると考えた。
エイドスが素材と結びついて現実化した個物をアリストテレスは現実態(エネルゲイア)と呼び、現実態を生み出す潜在的な可能性を可能態(デュナミス)と呼んだ。今ある現実態は、未来の現実態をうみだす可能態となっている。このように、万物はたがいの他の可能態となり、手段となりながら、ひとつのまとまった秩序をつくる。
(略)
質料(古代ギリシア語: ὕλη、ヒュレー)は、古代ギリシアの概念で、形式をもたない材料が、形式を与えられることで初めてものとして成り立つ、と考えるとき、その素材、材料のことをいう。
質料そのもの(第一質料)はなにものでもありうる(純粋可能態)。これに対し形相そのもの(第一形相)はまさにあるもの(純粋現実態)である。この不動の動者(「最高善」=プラトンのイデア)においてのみ、
生成は停止する。
映画「ロミオとジュリエット」
♪THE ROLLING STONES「Tumbling Dice」
ではまた。