恥と罪と名誉。キャッチフレーズのひとり歩き。

大妻コタカ

ルース・ベネディクト

ジュリア・クリステヴァ

大妻の女子校創始者大妻コタカは有名な校訓「恥を知れ」について「これは決して他人に言うことではなく、あくまでも自分に対して言うことです。

人に見られたり、聞かれたりしたときに恥ずかしいようなことをしてはいないかと、自分を戒めることなのです。」と語り、自分を律する心の大切さを説いている。

他人に言う事ではないが、自分の教え子には鉄則として順守させる所が、日本的なパターナリズム(マターナリズム)の典型だが、右利きの男の僕としては嫌いではない。

ルース・ベネディクトの「菊と刀」をデジタル変換すると「日本は恥。アメリカは罪」となって更にアルゴリズム展開すると「日本は罪知らず。アメリカは恥知らず」となる。

ここで「分解酵素」になるのは「何に対する恥と罪なのか」という事で、大妻コタカは①「世間様に恥ずかしくないように礼儀作法をキチンとしなさい」と言っていて、ルース・ベネディクトの罪とは②「神様との契約に反する罪」という事だろう。

フロイト心理学に置き換えて①世間様=エス(深層無意識)②神様との契約=超自我(スーパーエゴ)とすると▶自我(エゴ)が、①と②の引力圏の、どの角度を向いているか。という事になる。

では「①を世間様に対する罪。②を神様に対する恥」とスライドさせて行くと、感情が生々しくなってきて、▶世間と神が自我(エゴ)とすり替わっていくのを感じませんか。

「俺を誰だと思ってるんだ!」「あなたなんかに分かるわけない!」というよくある自我の発露ね。

藤子不二雄ドラえもん

そして「ミイラ取りがミイラになる」ケースのなんと多い事。シリコンバレードラえもんを読んでないのかな。紙のコミックで。