ジャイナ教徒 ①
各駅停車でインドのラージギールを旅していたら褌姿でマスクをしている行者に出くわした。大駱駝艦のダンス公演かと思ったが、現地人の少年ガイドが「あれはジャイン(ジャイナ教徒)だよ」と教えてくれた。
ジャイナ教は仏教と同時期の発祥で釈迦とマハーヴィーラは知り合いで、雑談仲間だったらしい。
(Wikipediaより引用)
ジャイナ教(サンスクリット語: जैन、英: Jainism)は、マハーヴィーラ(ヴァルダマーナ、前6世紀-前5世紀)を祖師と仰ぎ、
特にアヒンサー(不害)の禁戒を厳守するなど徹底した苦行・禁欲主義をもって知られるインドの宗教。「ジナ教」とも呼ばれる。
仏教と異なりインド以外の地にはほとんど伝わらなかったが、その国内に深く根を下ろして、およそ2500年の長い期間にわたりインド文化の諸方面に影響を与え続け、2019年時点、およそ世界全体で500万人の信徒がいるとされる。
教祖の「マハーヴィーラ」(Mahāvīra)は、本名「ヴァルダマーナ」(Vardhamāna、栄える者)。「マハーヴィーラ」(偉大な勇者)の尊称で広く知られた。
大沢誉志幸「そして僕は途方に暮れる」
▶ 相対主義と断定の回避
ヴァルダマーナは当時の自由思想家の一人としてバラモン教の供犠や祭祀を批判し、
あわせてヴェーダの権威を否定して、合理主義的な立場から独自の教理・学説をうち立てた。
サンジャヤ・ベーラッティプッタや釈迦と同様、彼は言語による真理表現の可能性を深く模索した。
ヴァルダマーナは、真理は多様に言い表せると説き、一方的判断を避けて「相対的に考察」することを教えた。これがジャイナ教の「相対論」(アネーカーンタ・ヴァーダ、anekānta-vāda)である。
ジャイナ教徒 ②
具体的な表現法としては、「これである」「これではない」という断定的表現をさけ、常に「ある点からすると(スヤート、syāt)」という限定を付すべきだとする、「スヤード論」(syād-vāda)を説いた。
これによりジャイナ教徒を「スヤード・ヴァーディン」(syād-vādin)ともいう。
ジャイナ教は、相対主義を思想的支柱とし、後世「ヴェーダーンタ学派」の不二一元論や「サーンキヤ学派」の二元論、
また「仏教」の無我論などと対抗して、インド思想史上重要な位置を占めた。
五条悟と伏黒甚爾
▶ E=mc2乗に象徴されるアインシュタインの相対性理論は、その解を導き出すまでに長くて難しいナラティブがある。少年時代に相対性理論を順を追って解いたという理系の友人に、俺にもわかるように文学的に要約して教えてくれと頼んだら、「アレは数学で説明する方がわかりやすいんだけど」と諭されて身の程をわきまえた事がある。
▶ 科学の方程式やAI(生成AI)のアルゴリズムは、手っ取り早く「答えらしきモノ」が瞬時に出てくるので、才気あふれるジュウザの少年時代のように「俺?俺は食うだけ」と過程をショートカットする癖がついてしまう。
そしてそれは新自由主義末期でアルゴリズム(超高速の手順)に、自由を奪われる皮肉な自縄自縛の時代では「カモ」にされるだろう。
映画「フラットライナーズ」
▶ アメリカが「生成AIの規制作成と主導権」を主張しているけど、これは三権分立の理論では「世界の立法権と司法権の独占おとなの時間(テレビ番組)」の先着争いに躍起になってるように僕には見えるけどね。
ディレクTVの広告
▶ なくて七癖というけど、アメリカの方法論と癖と性格にはあからさまなパターンがあって、何かの脅威があると、より強い力でねじ伏せ圧倒しようとする。
だが生成AIは、自分たちで撒いた種なのに、人口の半分換算で40億人の個々人が加工・発信能力(情報の改造銃)を持つという「ミクロの決死線」なのだから、中期長期ではブーメラン効果で痩せて恥ずかしくなっていくと思うけどね。
五条悟の最後
雲のジュウザの最後
ジャインの肖像