sophistēs

民主政の✕✕では弁論に優れていることが、政界での、つまり市民としての成功を意味した。
●●は時代の要求にこたえ、多額の謝礼と引き換えに論争の技術を授けた。講義は作文修辞の法のみならず✕✕論にも及んだ。●●が示した言論の魅力は青年たちをとりこにしたが、やがて✕✕から危険思想と目されるようになる。

ソクラテスの受難も●●と混同されて市民の反感を買ったことが一因であった。
●●の思想のうち「人間尺度命題」は人間中心主義、主観主義、相対主義の表明とみられ「非存在の論」は知識否定論として、「正義とは強者の利益なり」や、「法(ノモス)と自然(ピュシス)の分離論」は法や道徳に対する挑戦とみなすことができる。
しかし他面では、それ自体としては単に言論の手段を提供するにすぎなかったものが、アテネ市民の野心や欲望と結び付いて、このような思想になった。

プラトンは●●の名を冠した作品を著し、ソクラテスと真理のために、これらの思想と対決しその虚偽を暴いた。
●●が実際に教えたものは、善について無知でありながら、優れた人間であると思わせる方法であり、事の真偽や正邪を問わず、ただ大衆を扇動して論敵に勝つための技術であった。

詭弁学派ともいわれたが、裏面をみるならば、ソクラテスプラトンの哲学は●●たちの恐るべき論理から生まれたとも考えられ、その意味で哲学史上の意義が再評価される。▶ コトバンクの田中享英より引用編集