日東駒専桜田淳子

桜田淳子「リップスティック」1978年

▶ 彼女はどうしても「統一教会合同結婚式のイメージ」の重力装置に囚われてしまいがちだが、山下達郎風に歌謡界における桜田淳子のポジションを分析すると、花の中三トリオの包括バランスでは「百恵の踏み台、噛ませ犬」として視聴者が位置づけていた感じもするよね。

坂本龍一が否定した中島みゆきと組んだリリカル(抒情的)な名曲もあるが、僕はこの「リップスティック」が好き。

何故かというと、

オイルショック 1973年(時事通信

ベイ・シティ・ローラーズ「サタデー・ナイト」1975年

しまざき由理「面影」1975年

オイルショックと狂乱物価が一息ついた頃の1978年リリース「リップスティック」(桜田淳子)は「サビが英語のアフタービート」でかっこいいと当時思っていた。

これ以降、1980年代になると「ベイビー・アイ・メイク・ア・モーション」(レイジー)がタッカン(高崎晃)の牽引力で「ドリーマー」(宇宙船地球号に収録)で殻を破って「ラウドネス」になり、「ロックに日本語を乗せる挑戦」で「サビは英語の曲」が歌謡界を席巻し、佐野元春で一段落。

チャカ・カーンが六本木ディスコ「MUGEN(ムゲン)」にゲスト出演したり、70年代ファンクは既に輸入されていたのだが、歌謡曲はまだビートルズ延長線上のロックンロールのビートだった。

久保田利伸の「TIMEシャワーに射たれて」等も、ウラの拍と英語のサビの切れ味の指向性が強くで「ダサい」と思っていた所に、近田春夫ビブラストーンの「日本語のラップの転がし方」で、僕の中では「日本語のグローバル(国際性)問題」は「可能」と一応ケリはついている。

乃木坂46のメンバー

興味がないのもあるけど、僕はこの娘達の見分けがつかない。

▶ でも同世代の人達には、このメンバーの中に「分類」「派閥」を普通の感覚で見出しているのだろう。

それも社会であり政治なのだ。

日本大学理事長の林真理子

▶ この人の本職は作家(フィクション・ライター)なのに、なんで筆を封印しているのだろう。

政治家だって在任中に本を出版してるのに。

真面目で正確さを相手に強く求めるジャーナリスト病に罹患しているのだろうか。

俵万智みたいに短歌や俳句、あるいはカラオケの選曲でもいいんだけどね。

作家が、主砲の筆を眠らせたら、日大のようなマンモス組織の改革なんて困難でしょう。

料理次第なんだけどね。言葉は。

チャットGPTと違って。