1970年代後半から日本を代表する作詞家として活動。
1980年代における作詞家総売上枚数は松本隆、売野雅勇、秋元康に次ぐ4位。
女性作詞家としては1位であった。
兄は文芸評論家の三浦雅士。
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三浦徳子の作詞の特徴としては、メロディーが望む言葉をそのとき思いつくかどうかを重視。
作詞家の仕事はやって来るものをガバッとつかむものでディレクターから直されたり、悩んだりすると魅力がなくなり、悩むとお客さんに見破られると語っている。
ただ「サビがうまくいかないと、納得するまで何度も書き直しますね」とも述べ、
作詞家の労働時間は、歩いているときも、同時に考えていることは考えているという。
面倒なことを歌いたい人はいないという理由から意味もなく語彙を増やすことには否定的であり、語彙の量や質よりも、言葉と言葉の組み合わせによる新たな効果を重視するという。
八神純子「みずいろの雨」
三浦の出世作である「みずいろの雨」については、八神純子は複数の作詞家に作詞を発注しており、いわゆる競作であった。
三浦は曲を聴く前にすでに「みずいろの雨」というテーマを決めていた。
みずいろは日本人が好む色であり、歌謡曲といえば雨と考えたからである。
三浦は「曲を聞いたら、ちょうど『みずいろの雨』でよかったんです」と述べている。「みずいろ」をひらがなにしたのは、漢字にするとイメージが固まってしまうからであった。
「くずれてしまえ」という命令形の歌詞について、三浦は、当時としては珍しいものであり、当時の八神純子が気の強い女の子であったから浮かんだ歌詞だったのだろうと語っている。
セイラさん